主張/医療の本質を見失うな
高齢化社会を迎え、医師自身も高齢化を迎える時代、ある先輩医師の文章が目についた。老いをめぐる痛ましい事件が少なくない。「子に叱られて母は老いたるよ 若き日のごと 聡くはないよ」動作が鈍くなり、痴呆で粗相がちで歳老いていく自分自身のふがいなさを訴えている。まことに悲しい。日本人は礼節をもち、老人を敬ってきた国民として知られてきたではないか? 戦後から昭和繁栄期を迎え、物質的には社会が豊かになったが、それと共に「金」に身を捧げ、心情を忘れ、人間関係、親子の絆まで希薄化、それが医療界にまで入り込んできた。
結果として、敬老精神は微塵も片鱗もない世の中が出現しており、家族の「冷たい仕打ち、預けっぱなし」の状況を生み、老人病院は囁かれているようにまさに現代版「姥捨て山」にされていないか。
道路行政には理解があっても、医療財源はないといい老齢者控除の廃止、定率減税の引き下げ、住民税を上げる。医療費抑制策を続けることによる高齢者へのしわ寄せは一段と厳しく、この4月から始まる後期高齢者医療制度では75歳以上の高齢者のわずかな年金から強制的に保険料の徴収がはじまる。この国には老人が安心して生きる場所がない。
一方、医師不足の問題では小児科、産科、外科などリスクの多い診療科目は敬遠され、かつて医師を志すものは3Kを嫌わず、高い志を持ち、責任を担い、心のよりどころとしての思想で飛び込んだはずの医学医療、使命感は現今すでに萎えてきた。結局、行政だけでなく医学界も、この高齢化社会を迎えるスピードについていけなかったことにある。この医療現状を直視せず、報いるだけの見返りを現場で矢面に立っている医師にしてこなかった。それが引いては医師不足の根源であると考えられる。
先進国の世界でも同じ傾向が報告され、英国では医師不足を急遽インド人をはじめ外国人医師で補うが、真の解決には至らず、米国ではやはり訴訟の多いリスクの高い外科系志望が敬遠されている。
市場原理主義が医療界にも導入されたため、格差社会が広がり、今世界では「医療観光」というツアーが始まってきている。「賢い患者は世界をめざす」と題して、格安で最先端手術医療を望み、途上国に向かう患者が世界で急増しているという。いわゆる医療のグローバル化が進行し、医療自体がビジネス産業化し新興国としては国営産業として推進しているという。医師不足からくる医療費の高騰がもたらす「医療観光ツアー」、すでに米国では50万人以上が海外で手術を行っているという。このままでは米国一辺倒の日本の医療界も準っていこう。
医療を産業ビジネスと捉え、金銭のみの医療改革は時として安全性に欠き医療の本質を見失う。今後日本のこの閉塞した医療状況を好転させる方策は? 世界を見ながら考える必要性がある。
【京都保険医新聞_第2633号_2008年4月7日2面】
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