医師としての良心と法律上の過失との違い  PDF

医師としての良心と法律上の過失との違い

医療事故調査制度との兼ね合い

京都中央法律事務所

弁護士 福山勝紀

2007年に大学卒業。京都弁護士会に2012年に登録。医療協議会PT等に所属している。協会医師賠償責任保険処理室会・医療事故案件調査委員会に参加し、数多くの会員医療機関の裁判等で活躍している。

第1 はじめに

 御存知のとおり、平成26年6月18日に改正医療法が成立し、平成27年10月1日から同法が施行されました。

 同改正により、医療事故調査制度が始まりました。

 そこで、医療事故調査制度について少し述べようと思います。

第2 医療事故調査制度の制度内容

1 改正医療法について

(1)まず、改正医療法は、医療事故を次のように定義しました。

 「医療事故(当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたものとして厚生労働省令で定めるものをいう。以下この章において同じ。)」(改正医療法6条の10)

 このことからすれば、医療事故調査制度においては、「医療事故」、すなわち死亡又は死産を予期しなかったかどうかが重要になるということです。

(2)では、死亡又は死産を予期しなかったかどうかはどのように判断されるのでしょうか。

 これについては、法律の中には書かれておらず、医療法施行規則に書かれています。

 すなわち、医療法施行規則1条の10の2は、

 「当該死亡又は死産が予期されていなかったものとして、以下の事項のいずれにも該当しないと管理者が認めたもの

一 管理者が、当該医療の提供前に、医療従事者等により、当該患者等に対して、当該死亡又は死産が予期されていることを説明していたと認めたもの

二 管理者が、当該医療の提供前に、医療従事者等により、当該死亡又は死産が予期されていることを診療録その他の文書等に記録していたと認めたもの

三 管理者が、当該医療の提供に係る医療従事者等からの事情の聴取及び、医療の安全管理のための委員会(当該委員会を開催している場合に限る。)からの意見の聴取を行った上で、「当該医療の提供前に、当該医療の提供に係る医療従事者等により、当該死亡又は死産が予期されていると認めたもの」 と定めています。

 まず医療事故に該当するかどうかを判断する者が管理者であることは重要です。遺族ではありません。管理者の権限によって判断できます。

 上記の三つを簡単に言えば、(1)診療行為の前にリスクを説明しているかどうか(2)説明していなくても診療録から読み取れるか(3)診療録から読み取れなくても、医師や看護師が死亡の危険性を認識していたか—ということです。

 但し、厚労省からの通知では、(1)及び(2)については、一般的抽象的な危険性ではなく、当該患者の具体的危険性であることが必要だとされており、(3)については、具体的な例として、救急搬送されてきたケース等が挙げられています。

 そのため、施行規則のみを読むと医療事故に該当しないケースが多くありそうにも思えますが、厚労省としては、実際に(3)に該当すると判断しても良いケースは少ないと考えているようです。

(3)今後の留意点

 医療機関としてはまず覚えておかなければいけないことは、医療事故該当性の判断を行うのが管理者であるという点です。

 極端な話でいえば、管理者が「医療事故」でないと判断すれば、全ての事故について医療事故調査・支援センターに報告する義務はないということになります。

 もっとも、上記で述べたように、(3)については、厳格に判断される可能性があり、報告義務があると判断される可能性がないとはいえません。

 したがって、医療機関としては、これまでよりも、詳細な同意書を用意し、併せて診療録にどのようなことを説明したのかをなるべく詳細に記載するべきです。

2 医療事故調査制度の現在及び今後

(1)医療事故調査制度の現在

 医療事故調査制度が開始してから3カ月が経った12月末現在で、医療事故調査・支援センターに報告されている例は累計81件です。

 実際に報告したと私が聞いたケースは、いわゆる突然死とされるケースでした。

 現在、数字がどの程度まで増えているのかは分かりませんが、多くのケースは、上記のようなケースかもしれません。

(2)医療事故調査制度の今後

ア 院内事故調査の結果は、医療事故調査・支援センターに報告しなければならないとされています(改正医療法6条の11第4項)。

  他方、遺族に対しては、口頭(説明内容をカルテに記載)または書面(報告書又は説明用の資料)もしくはその双方の適切な方法により行うとされており(厚労省通知)、院内事故調査結果報告書自体を提供することまでは求められていません。

  もっとも、医療事故調査・支援センターへ報告書を提出する以上は、当該報告書が裁判所の発する文書提出命令により、明らかにされる可能性も否定できません。

イ また、一般社団法人 日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター)は、本調査制度が医療安全・再発防止を主目的にしており、個人への責任追及を目的としているわけではない旨、説明しています。

  しかしながら、医療従事者をいくら匿名にしたところで、また医療安全・再発防止を目的としたところで、医療機関が作成した報告書が裁判で責任追及に用いられることはまず間違いありません。

  今後、実際に作成された報告書を元に訴訟が提起されることは十分に予想されます。

第3 医療機関の今後の対応方法

1 以上述べたとおりですが、医療事故調査制度はまだ始まって4カ月ほどしか経っておらず、今後どのような展開になるかが分かりません。

  裁判所が、同制度に基づいて作成された医療事故報告書をどのように評価するか等も不透明です。

  したがって、医療機関においては、事前予防策として、同意書および診療録の詳述化を心がけていただき、「医療事故」に該当すると判断した際でも、責任追及ではなく、再発防止に主眼をおいた医療事故報告書を作成していただくよう心がけていただきたいと思います。

2 また、私の経験上、医師としての良心から「あの時ああすれば良かったな」と説明されることが多々ありますが、このような判断は、法律上の過失(医療水準に適合しない行為)とは別です。

  医療訴訟における過失は、事故当時の医療水準に基づいて判断されるものです。

  医療水準を超えた「あの時ああすれば良かったな」という議論をしていただくこと自体は、医学の発展にとっても必要なことかと思いますが、医療事故報告書等に記載される場合には、「医療水準とは別であるが」等の留保をしていただいたうえで記載していただきますよう注意していただければと思います。

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